研修旅行最終日、この旅行の大きな目的の一つ
淡路島にある「北淡震災記念公園」に行って参りました。

明石海峡大橋を渡って、淡路島へ。
(大阪から、約1時間ちょいくらい)
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震災から今年で14年目になりますね。
現地に到着したら阪神淡路大震災を伝える、1995年当時の新聞が・・。
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この記念館は、震災で露出した「野島断層」を保存する為に、断層の真上に建てられています。
露出した断層は学術的にも貴重らしく、国の天然記念物となっているとの事です。
(元々は平坦だった場所が、地震でデコボコに・・!)
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この辺り一帯は、田んぼや畑だったそうですが、地震でズレたあぜ道を見れば、断層のズレの大きさが分かると思います。
オレンジ色の○と○が、本来であれば、一直線です。
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記念館の敷地内なんですが、断層の真上に建っていた家がそのまま保存されています。
説明員の方に震災当時の人々の様子や、復興までの苦労など話していただきました。
一緒に行った方々も真剣に聞き入ってます。
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その住宅の内部です。
食器棚は転倒し、中の食器がメチャメチャにこわれています。
いかに地震が大きかったのか・・よく分かります。
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記念館では、震災後の子供の書いた絵も展示されています。
震災は、子供の心にどんな影響を与えたんでしょうか・・
被災地が関東だったら?
って思うと、人事だとは思えません。

その中の一つ。これは震災当時9歳だった女の子の絵だそうです。
絵の下に、説明文があります。
<以下原文のまま>
「あのな、給食が少なくてぜんぜん足りへんねん。パンとマーガリンと牛乳とオレンジ。−あ、それとソーセージ。もうめちゃくちゃまずいソーセージやねん!あんなん、絶対食べられへん!なあ!」と言うと「そうそう!」と周りの子供たちが同調する。食べ物がないという日々を初めて体験した子供の眼から見た、混乱の中の食料事情を端的に表している。

これ読んでると、当時がいかに混乱していたかが分かります。
物で溢れかえる便利な世の中ですが、天災の前には無力だって思い知らされますよね。
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淡路の帰りに、神戸港に寄りました。(何気に初神戸^^)
時間がなかったので、ポートタワーは遠くで眺めるだけでした。
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メリケンパークにある、通称「メリケン波止場」
明治元年に誕生した歴史ある岸壁も、震災の被害にあいました。
これから一部を残し、震災メモリアルパークになる予定だそうです。
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1995年1月17日。
自分はこの当時、東京でサラリーマンしてました。
いつもの様に朝、出勤して入荷・出荷の準備作業。
でも何故か、毎日のように入荷する関西方面からの荷物が届かない!
メーカーさんにTELすると、「地震があったので出荷に時間がかかる」との返事。

何も知らない自分は
「そんな事言ったって、こっちにも予定あるんだから!」
「ちょっとくらいの事で、業務に支障じゃ困るよ!」
なんて言ったのを覚えてます・・。

ですが・・・
ちょっとどころじゃなかったですよね!!

震災の様子が、徐々に明らかになっていくにつれて、顔が青くなってきました。
まさか、こんな大災害だったなんて・・!
今更ですが、息巻いてた自分が恥ずかしい・・><


地震をはじめ、自然災害はいつ起きるか分かりません。
そして、人の力では防ぐことが出来ません。

地震が起きたとき、いかに被害を最小限に出来るか・・
ただそれくらいの事を実践するしかないと思います。




今回の研修旅行は、色んな意味で「その当時」を思い出させてくれました。
京都では「中学の時の修学旅行」
兵庫では「東京サラリーマン時代」

また何年かしたら訪れてみたいです。


旅行っていいですね!



研修旅行、京都〜大阪〜兵庫・・<完>